ちょうど4年前の春

昼下がり、セルフサービスのカフェで、僕はガラス越しに外を見ていた。
目の前に地下鉄の出入り口があり、頻繁に人が出入りしていた。

僕がいるのは出入り口を真横から見る位置だ。低い壁に遮られて階段は見えない。
そのせいで、人々の動きがパントマイムの出し物のように見えた。
低い衝立の向こうにあたかも地下への階段があるかのごとく、演技者が歩きながら徐々にしゃがんだり立ち上がったりするあれだ。

しばらく見ていると、若い女性が階段を降りようとして転んだ。正確に言うと、彼女の上半身が、低い壁の向こうにすとんと落ちて見えなくなった。
出てきた人、入ろうとする人、何人かが(僕からは見えない)彼女を見て立ち止まったが、すぐに行き過ぎた。その様子から、多分大した事はなかったのだろうと僕は思った。

しかし、続いて階段を上ってきた大学生風の男性が立ち止まるのを見て、僕はまだ彼女が立ち上がれないでいる事を知った。
彼は何やら声をかけ、そのままじっと彼女を見ている。ずいぶん長い。鞄の中身でもぶちまけたか、それとも立ち上がれない程激しく転んだのか。
彼女が何か言ったらしく、彼は渋々といった様子でその場を離れた。

大学生風情が立ち去った後も、出入りする人々の視線が彼女の居場所と状態を語っていた。
打ち所でも悪かったのだろうか、階段だからそういう事もあるだろう、そう思っていると、やがて人のよさそうなおじさんが立ち止まって声をかけた。「だいじょうぶですか」という言葉が、彼の唇の動きからはっきり読み取れた。
彼女を見るおじさんの表情に深刻な様子はない。
僕がほっと安堵していると、ほどなく、彼女の頭らしきものが壁の上に一瞬見えた。やっと立ち上がって階段を下りていったのだろう、それと同時におじさんも笑顔を見せてその場を去った。