夏の思い出

家の窓から海が見えた。
いや、正確には、コンクリートの堤防が見えただけだった。
そこから私の生家までは、田んぼと畑があるばかりで、百メートルも離れていなかった。
堤防のこちら側には、まばらに松が生えていた。
伊勢湾台風の前は、松林が堤防の代わりをしていたという。


私は内職する母の傍らで、その風景を写生していた。
スケッチブックにクレヨンで、堤防と松と青空を描いた。
母が少し手伝ってくれた。
初夏のことだったと思う。ゆるい潮風も吹いていた。


どうしてそんなつまらない風景をスケッチしたのかは覚えていない。
幼稚園か小学校の宿題だったような気もするが、ただの暇つぶしだったのかもしれない。


今はもう、その窓も風景もない。
生家は建て替えられ、田んぼや畑だったところには家や公園ができた。
堤防もより高く塗り固められ、松もなくなった。
昔と変わらないのは、堤防の向こうから聞こえる波の音だけになってしまった。


特に惜しむような風景ではなかったけれど、夏が来るたびに思い出す。