地図にない町

幼い頃、自分が住んでいる町は地図に載っていないものだと思っていた。なぜなら、ウルトラマンなんかに出てくる怪獣が、一向に自分の町を壊しに来ないからだ。

というような台詞を、20代に書いた。ということを、さっき唐突に思い出した。

幼い頃のある時期、多分小学校に入る前だと思うが、自分の町が地図に載っていないのではないかという疑いを強く抱いていたのは確かだ。その疑いに、怪獣が町を壊しに来ないからという理由をくっつけたのは創作だ。

ただ、当時熱心に見ていたウルトラマン仮面ライダーの舞台として自分の町が登場しないことを、「不思議だなあ」くらいには思っていた。そこに出てくる町や風景は、自分が普段見ているそれとかなり違うものだったからだ。その「不思議だなあ」という思いと、自分の町が地図にないのではないかという疑いは、かなり近い感覚だったように思う。

おそらくどちらも、私に「私」というものが芽生えたことによって生じた感覚だったのだろう。それは同時に、地図やTVが象徴する「世界」に「私」をインデックスしたいという欲望の芽生えでもあった。20代の私は、幼い頃のその感覚を「私」のルーツとして捉えていた。

しかし私は、上記の台詞を長いこと忘れていた。それで表現した幼い頃の感覚は、台詞以上に遠い記憶の彼方だ。いまや「私」は私の核ではなく、「世界」も私の欲望の対象ではない。のかもしれない。