なおサン、カワレー!

「なおサン、中村君とカワレー!」
人はいいがかなりやんちゃなところのある原田君(仮名)が興奮した様子で叫んだ。
中学生になった中村君(仮名)を道の向こうに見つけたときだ。
なおサン、というのは当時の私のアダ名だ。
小学校6年生になった私は、毎朝の集団登校で、「班長」として近所の下級生たちを率いていた。
中村君は去年の班長だった。



下級生のその言葉に、私はとても傷ついた。
自分がダメな班長であることを指摘されたように思ったからだ。
去年の中村君と比べて劣る班長だと言われている気がしたからだ。



翌年、中学生になった私は、ひとりで登校するようになった。
ほどなく、自分がもとといた「班」と遭遇した。
班長は新6年生の後藤君(仮名)だった。
「後藤君、なおサンとカワレー!」
集団登校の列の中にいた原田君が、一年前と同じ調子で叫んだ。



それを聞いたとき、胸の小さなつかえが取れた気がした。
原田君の言葉には、大した意味はなかったのだ。
いや、原田君には原田君なりの意味があったのだろうが、
それは私が想像したような意味ではなかったのだ。
そう考えて、心が軽くなった。



以来、他人の言葉に過剰な意味づけをしそうになると、
原田君の「なおサン、カワレー!」が聞こえてくる。
まるで太宰の「トカトントン」みたいに。