トンデモその5
散歩しながらふと「イタい」の反対語は何かと考えた。
すぐに「ズルい」という言葉が思い浮かんだ。
そもそもなぜそんな事を考えたのかというと、
少し前、長らく実家に放置していた本を処分したからだ。
その中に、80年代に華々しくデビューしたふたりの作家の小説があった。
なんとなく名前をググると、ひとりは政治系YouTuberのようなことをやっていた。
アレほど一世を風靡した人がずいぶん「イタい」感じになったものだ。
失礼だけど、そう思った。
もうひとりは大学教授になっていた。
なんだか対照的だ。
そこで考えたわけだ。
「イタい」の反対語はなんだろう?
「人間失格」に、アントニムとシノニムを言い合って遊ぶ場面があった。
アントニムは対義語、シノニムは同義語。
中学のとき読んだきりでうろ覚えだけど、
それは辞書的正確さではなく、文学的面白さを競う遊びだ。
確か主人公は「罪と罰」がシノニムではなくアントニムであることに気づいて狂喜する。
そんな記憶も蘇りつつ俺の頭に「イタい」のアントニムとして浮かんだのが「ズルい」だった。
あくまで俺のイメージだが、「イタい」というのは、徒競走の途中で踊りだしてしまうような居心地が悪い感じ。
それに対して「ズルい」というのは、うまくショートカットして徒競走に勝ってしまうイメージだ。
いやもっと雑にいうと、前者の小説家には「もっと楽な人生もあったろうに」、後者には「うまくやったね」という感想を持っただけのことだ。
散歩しながらそんなことを考えて、そのあと自分を省みた。
俺ままさに徒競走で散歩している。
イタくもズルくもなくただ「ヌルい」。
しかしまあ、それも人生だ。