呪いの門

散歩で通る道に「呪いの門」があった。

あった、というのは、最近「呪い」が解かれたからだ。

それから何度か通ったが、いつも門は開かれている。

俺は落ち着かない思いで、開いた門の前を通り過ぎる。

 

 

その門は、民家にしては立派な門で、車二台が優に通れる幅がある。

肩ほどの高さの古い門扉が行く手を塞いでいた。

柵状で両開きの、質素だが頑丈そうな門扉だ。

 

 

門の向こうには、家が建つくらいの空き地があった。

芝で覆われているが、あまり手入れはされていない。

その先には木が茂っていて、家があるのかどうかわからない。

 

 

俺がその門を「呪いの門」と呼んでいたのは、門扉に呪文のようなものが貼り付けられていたからだ。

呪文は、半紙のような紙に、毛筆の細かい字で、びっしりと書かれていた。

紙が雨に濡れないよう、ビニールが被せてあった。

そういう紙が三枚、門扉に貼ってあった。

 

 

二三度立ち止まって呪文を読もうとしたが、字が潰れていてよく読めなかった。

判別できた単語から推測するに、侵入者を牽制しているようだった。

不届き者が門扉を越えて入ってくる。なんとか侵入者を食い止めたい。

よく読めないが、そういう必死さが感じられる呪文だった。

 

 

呪文の意図がなんとなくわかってからは、俺にとってその門はひとつの風景に過ぎなくなった。

俺はいつも、穏やかな気持ちでその前を通り過ぎていた。

でも一ヶ月ほど前、門扉が大きく開け放たれているのを見てひどく動揺した。

 

 

呪文の張り紙もきれいに剥がされていた。

日を置いて通っても、やはり門扉は全開になっている。

呪文の主は、おそらく、もう門の奥にはいない。

奥の木に、黄色い蜜柑がいくつもなっている。

いや、柿の実かもしれない。

 

 

門の中は相変わらず人のいる気配がない。

少しくらい門の中に入っても、誰も気づかないだろう。

それにしても、どうしていつも門扉を開け放っているのか。

ずっと開けておくなら、何のための門なのか。

 

 

そんなことを考えて、落ち着かない。

 

審判 (岩波文庫)

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