何度も思い出すこと
何度も思い出すことは、もとになった出来事とはどんどんズレていく。
思い出したことを思い出し、それをまた思い出し…ということを繰り返すわけだから、昔の思い出ほど、実際の体験が変形されている可能性が高い。
幼い頃、近所のおじさんに、オート三輪に乗せてもらった。
1970年前後のことだと思う。
当時もう時代遅れの乗り物だったから、記憶に残っているのだろう。
顔見知り程度の人だったが、ぼんやり歩いていた俺に声をかけて、車に乗せてくれた。
その優しい笑顔を、オート三輪といっしよに思い出す。
それが一度だったのか、それとも何度かあったのかは覚えていない。
おじさんの顔もまったく思い出せない。
でも、何度もふと蘇る、いい思い出だ。
ところが俺は今、おかしなことに、それを映画の一場面のように思い出している。
オート三輪に乗り込む幼い自分を、引いたカメラで見ている。
何度も思い出したせいで、記憶ががフィクションのようになっている。
それに気づくと、少し不安になる。
いい思い出なのに、なんだか嘘の匂いを感じてしまう。
そろそろこの思い出も、賞味期限なのかもしれない。
思い出は、文章にすると急に薄れていく。
そういうことが何度かあった。
このことも、今ここに書いたから、これからはあまり思い出すことはないだろう。