ビルのゲーツ
芸創センターで見た。
ベンチャー企業の社員たちが、(ビル・ゲイツのような)大企業の「CEO」に会うため、巨大なビルを昇っていく。各階には頑丈な「ゲート」があり、仕掛けられた難問をクリアしないとそれは開かない。社員たちは次第に目的を忘れ、「ゲート」をクリアすることに熱中していく。
こう書くとベタな不条理劇だが、全体の構成と細かいネタがすばらしく、2時間まったく飽きさせない。
役者陣の軽妙な演技もあって、客席は最後まで笑いが絶えなかった。
しかしこれは、かなり陰鬱なコメディだ。
われわれは昇らされているのではなく、自らの意志で昇っているのだ。リーダー格の社員は、そのようなセリフで自分たちの行為を正当化する。当初乗り気でなかったバイト社員も、ここまで来たら絶対「CEO」に会わなきゃ気がすまないと、途中から反転する。
そこで展開しているのは、いわゆる「広義の強制」であり、「ブラック企業の論理」だ。さらにいえば、自由であると思い込んでいるわれわれ自身の、ほんとうの姿だ。
観劇中何度も、隣席からパチンパチンという耳障りな音がする。横目で見ると、若い女性客が、手に持った腕時計で時間を確かめては、イライラした調子で留め金をいじっている。舞台に退屈しているのかというと、どうもそうではなく、よく笑い声を上げているし、食い入るように舞台を見ている。前のめりの体勢だから余計に、パチンパチンが俺の耳に届くというワケだ。
パチンパチンは迷惑だったが、彼女の気持ちはわかる気がする。
この舞台はとても面白いが、同時にとてもストレスフルだ。
それは、現在のわれわれが考える幸福、成功、充実、自己実現といったモノに、どこか似ている。