立ち読みする人

昨日、久しぶりにその人を見かけた。
十年ぶりくらいだろうか。


「立ち読みする人」だ。
その人はいつも、背筋をピンと伸ばして、微動だにせず文庫本を読んでいた。


繁華街の大型書店での話だ。
当時、俺はよくそこで時間を潰していた。


不思議なのは姿勢だけではなかった。
会社員のような身なりにもかかわらず、その人はカバンを持っていなかった。
まるで自分のオフィスで、熱心に資料を読んでいるような感じだった。


しばらくして、その本屋はなくなった。
俺は、別の本屋で時間を潰すようになった。
同じ場所に別の大型書店ができたころには、その方角に足を向ける習慣は消えていた。


昨日、めったに行かないその本屋へ立ち寄ったのは、大型店にしか置いてないある本を買うためだった。
立ち読みをしている姿ではなく、歩いているのを一瞬見ただけだったが、すぐにその人だとわかった。


昔は真っ黒だった髪の毛に、今やたくさんの白いものが混じっていた。


その人がどうして、会社や図書館ではなく、本屋に通うのかは知る由もない。
しかしこれから先も、立ち読みをするために、律儀に本屋に通うのだろう。
そのマジメさと時間の長さを思うと、何か少し、胸を打たれるような気がした。