黄色い空と黒い影

小学三年生くらいのときのこと。

写生大会で、近くにいた生徒に話しかけられた。

「空にちょっと黄色を塗ってみたら?」

 

学校をよく休む、変わった子だった。

顔は知っていたが、話したことはなかった。

あまり風呂に入らないらしく、近づくと独特の匂いがした。

 

人なつこい笑顔を見て、案外いい子なのかもしれないと思った。

自信に満ちたいい方だったから、絵が得意なのかもしれないとも思った。

その頃の俺は、内弁慶で、他人にいい顔ばかりする子供だった。

 

「そうかな」とかなんとかいいながら、俺はパレットに黄色を溶いて、空に薄く塗りつけた。

すると、「空は黄色くないよね」とその生徒がいった。

笑顔は意地の悪いものに変わっていた。

 

担がれたとわかって、恥ずかしさがこみ上げてきた。

晴れた日で、空は一面真っ青だった。

そのあとどうしたのかはまったく覚えていない。

ただただ、恥ずかしかった。

自分を担いだ生徒への怒りは不思議となかった。

 

その数年後、高校時代。

美術の時間に校庭で写生をした。

俺の絵を見た美術教師がいった。

「影は黒じゃない」

 

美大出の教師で、画家然とした風貌だった。

授業の冒頭に毎回クロッキーの時間があった。

ときには「壁と床を線を使わずに描け」などというお題が出された。

なぜそうするのかということは説明しない人だった。

 

天気のいい日で、校庭の植え込みが地面に濃い影を落としていた。

だからといって、チューブから出した黒をキャンバスにそのまま塗るのは安易だ。

おそらく教師はそういいたかったのだろう。

そう思ったが、そのときの俺は結局、影を塗り直さなかった。

おそらく子供っぽい反発心が邪魔したのだろう。

 

もしもう一度あのときをやり直せるなら、俺は影を黒では塗らない。

 

でも空に黄色は塗るかもしれない。

黄色くないことを承知の上で、恥ずかしがらずに。

 

なんだったら赤を混ぜてもいいかもしれない。

それで「どうだ」と同じ悪い笑顔であの生徒を見返してみたい。