小さな勝利

スーパーの出口で雨宿りしていたら、見ず知らずのオバちゃんがドヤ顔でオレの顔を覗き込み、「148円!」と勝ち誇ったような一言を発して去った。オレはすぐに、それがオバちゃんが手にしている白い小さなビニール傘の値段であることに気づき、愛想笑いと苦笑いの混じった笑顔で、「あー」と応えた。

オレはもうかれこれ20分ほど雨宿りしていた。買い物をしている間に雨が降り出したのだ。近くの自転車置き場で雨宿りしていたオバちゃんは、少し前にオレの前を通り過ぎてスーパーに入り、段ボール箱を持って帰ってきた。自転車の荷台に縛り付けた買い物の雨よけにするためだ。それが済むとオバちゃんはまたオレの前を通り過ぎてスーパーに入り、今度はビニール傘を持って出てきた。そして傘を開いてオレの前に回り込み、おもむろに先ほどの台詞をキメたというわけだ。

オバちゃんには、オレが何の考えもなくぼんやり雨が止むのを待っているでくのぼうに見えたのかもしれない。気の良さそうなオバちゃんだったから、善意でオレに声をかけたのだろう。「店内に傘売ってるわよ。しかも148円。それ買って早く帰りなさいよ」「148円!」に込められた意味は、おそらくそんなところだろう。

しかしながら、オレはなにもぼんやりしていたわけではないのだ。それどころか、オレはかなり真剣に「思考」していたのだ。この雨は通り雨か否か。通り雨ならいつ止むのか。雨が止むまで待つのが得策か否か。

待ちはじめて10分ほどだろうか、「なかなか止まないなあ。濡れて帰ろうか、それとも傘を買おうか」と迷いはじめた時点で、オレは考えた。今日は急いで帰らなければならないということはない。だからもう少し待ってもいい。しかし止まない雨だと待ち損だ。まずこれが通り雨かどうかを見極めよう。

おれは落ち着いて空を見た。西が少し明るい。弱々しい鳴き声だが、どこかでセミが鳴いている。気温も心持ち下がってきたような気がする。そういえば今日の天気予報は曇りだった。昨日も似たような雨が降ったが、30分以内で止んだように思う。30分くらいの足止めなら、今日のオレは損した気にはならないだろう。

オバちゃんが雨の中を自転車で颯爽と走り去った後、5分もしないうちに雨は止んだ。「オレの勝ちだよ、オバちゃん」オレはそう心の中でつぶやいて家に帰った。オバちゃんに「あー」という笑いしか返せなかったのは、なんだかちょっとカッコ悪かったなあ、なんてことも考えながら。